院長のジレンマ
2016年07月28日
日医のいう、かかりつけ医機能制度と、
日本専門医機構の総合診療専門医との整合性について、
考え方が各医師によって様々で、いつもその間のジレンマを感じている。
2016年07月28日
日医のいう、かかりつけ医機能制度と、
日本専門医機構の総合診療専門医との整合性について、
考え方が各医師によって様々で、いつもその間のジレンマを感じている。
2016年06月18日
土曜日に大阪に帰り、地下鉄の駅を降り、また歩くと、いい運動になり、
大阪駅に降り立った時の人の群れの中で、
何かざっとシャワーを浴びたような爽快感を、味わいます。
2016年04月19日
いよいよ、総合診療医としてのスタートをきりました。
日本専門医機構が研修プログラム内にある施設及び医師として、
予備申請を本申請と認められて、指導医としての認定がスタートしました。
書類の不備がないかを、チックしています。
いよいよ始まります。
2016年01月08日
私は、勤務医時代、大阪の堺市に住んでいた。
しかし開業を境に、この丹後地域の与謝野町に診療所をかまえた。
最初は、阪急バスで、バス停で、つったっている私を何度見たという患者さんがいた。が最近なってJR福知山線に乗り、大阪へ。実家に帰る毎週、金曜日、午後診終了後である。
福知山線では、時々アナウンスが流れ「菅内で、小動物と、接触しましたので、10分遅れです。とか、「余部橋梁で、風のため20分遅れです。」とかいうアナウンス。
昨年10月31日381系の特急こうのとりが引退し289系に乗る。7時26分発夜、大阪へ。
そのまま新地や心斎橋京橋のお店のグルメ。
毎週ごとに、金曜日から土曜日にかけて、小旅行はつづく。
2015年12月10日
ようやく、与謝野町も、紅葉が見頃です。
近くのロッジ風
店主は、胃がんを、克
ようやく冬支度が始まりました。
2015年11月09日
旅行
旅行は、出発する前の準備に大きな楽しみがある。
旅行カバンに、いろいろなものを詰めながら、現地は寒くはないか、
雨は降らないか、あの列車は目的地に着くまで退屈しないか、何か本はいらないか、
現地のホテルのロッジの椅子は座り心地がいいか、といろいろ空想することから、
“旅行”は始まる。
ある年の7月、上高地に旅行に立つ前日だった。私が午前の外来診療をしていた時、
誰かが「事務長さんが骨折した」と―。右足の三果骨折だった。
犬の鎖を握ったまま、車の開け締めをしていて、砂利に足を取られた。
そのまま、「どっすん」と転倒骨折した。ナースが、彼女を乗せて北部医療センターの救急に連れて行った。
この瞬間に私の空想から始まる“旅行”は、見事に終わりを告げた。
事務長、つまり妻と二人で上高地に行く予定であったのだ。もはや旅行どころではなくなった。
長女がかけつけた。長女とともに長い入院生活を案じた。
妻とは、勤務医時代―イタリアやフランス、ドイツ、カナダ、アメリカ、香港、オーストラリア、ニュージーランドと
世界各国を旅した。散々愚痴を言われながらも、同行してくれた。
なにしろ、私も66歳である。そうそう1人で旅行どころではない。妻は病院で手術後、
転院してリハビリに明け暮れる毎日で、大阪に帰ってしまった。私は金曜日、福知山から電車で大阪に帰った。
ほぼ2ヵ月で彼女は運転できるまでに回復した。まったく「一寸先は闇」である。
毎日毎日診療しているが、天国と地獄はほんの瞬間に訪れる。そんな気がする。
京都医報 平成27年11月1日号掲載
2015年10月28日
基礎医学から プライマリ・ケア医としての歩み
私は、大学時代から消化器内科に入局するまでは、院生として主に免疫学の研究をしていた。私の動物舎は、一室丸ごと有り、マウスのBalb/c株、CH3株、AKR株等の種の異なるマウスを飼育していた。私が動物舎に入るなり大きなマウスの鳴き声を聞く。そして慌てて、給水器に水を入れ、パケットを洗って餌を置く。この仕事を 1 週間に 1 度、必ず基礎校舎の最上階の部屋で行った。マウスはオスメスを分けて、必ず、生後何週の物とゲージに記録した。実験は、主としてCH3/Hen株が主であったが他種のマウスも必ず同じ実験をして種特異性があるかを検討した。当時の免疫学のテーマは、抗体産生細胞への分化という基礎テーマがあり、その分化の機構を新しい進化論まで発展させた人が利根川進博士である。私は、分化の過程で増殖株のポリアミン系への関与を検討した学位論文は2 題出来たが、指導医である助教授の研究テーマであるポリアミン系のほうが、学位論文となった。その後、父の下で開業生活をしながらバイトに出た。開業志向はあったが、当時に今我々が言う家族志向ケアや、患者中心ケアという言葉はなかった。開業医は医師会の講習会に参加し、その学業の研鑽が重要であるという認識はあった。
1985年頃から家庭医論が医師会報を賑わすが、医師会員たちは、その家庭医の認定には極めて拒否反応を示した。開業医の本道こそ医師の本道であると父は言っていた。その後私は、介護施設長や特養ホーム等に勤め、介護の知識を得た。2000年 4 月に介護保険法が成立し、介護支援専門員の試験を受けた。その頃から、巷で保健福祉介護及び医療制度と介護制度の連携等の言葉が生まれ地域医療制度の崩壊と医師不足が盛んに言われるようになった。医師になって40年近くになるが、今日のような医療の主人公が変わるという時代。つまり今までは、開業医が日本の医療を引っぱって来た。がここに来てその主人公が総合診療医に変わるという、大きな節目にさしかかっている。大病院を中心としたかかりつけ医による患者さんの紹介に加え、その担い手にこの総合診療医がどのように貢献するかは、今後の課題である。地域医療を、より包括的に、機能分化し、地域包括ケアを推し進める制度において我々プライマリ・ケア医は、どのような位置に置かなければならないのか、その点は議論しても、なかなか行き着かないかもしれない。
私事になるが、介護保険成立後、私の臨床への知識は、大きく広まった。つまり地の利を得たと考えられる。スポット的に二次救急病院にも行き研鑽したいと思うが、プライマリ・ケア医にとって救急医療は盲点であり、より研鑽を深めたい。
実地医家のための会 発行
人間の医学 250号掲載
2015年08月21日
寿司職人の大将が、祇園のイタリア料理店を紹介してくれました。
大将の知合いの芸人、鶴瓶師匠や、東京まで行ってタモリさんに、声をかけられた話、
芸人のくせなどを我々に、おもしろおかしく話してくけました。
2015年05月11日
祭りをやって来た。
堺市の布団太鼓ではない!それは、加悦谷祭りの子供歌舞伎である。
この地域に古くからある祭り。
ちょっと泉州の祭りとは違って上品でおとなしく、そしてお捻りが乱れ飛ぶ。
やっぱり京都らしさか。
蒲団太鼓が喧嘩して血を見ることは・・・まずないか!
2015年02月19日
私は決してアルコール依存症ではない。
がしかし、周りの男性の中で毎晩ビールや日本酒を飲むという人たちが多い。
その人達は全てアルコール依存症か?それは程度問題としか答えられない。
毎晩大酒を飲む人は確かにアルコール依存症である。
私は4日間アルコールを一切断った。
4日目は身体が軽く、しかし、3日目晩には少し落ち込んだ。それも精神的に。
5日目の本日は極めて快調である。
少しは私もアルコール依存症か?
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